【感想・あらすじ】誰にも理解してくれない苦しみと静かな幸せへの希望『流浪の月』/凪良ゆう

2020年本屋大賞を受賞した、凪良ゆうさんの作品です。幼女誘拐事件の犯人と、その"被害者"とされた幼女のその後の物語。二人の関係性は世間が思っているものとは程遠く、実は、幼女はその男に助けられていたのです。苦しさを感じつつもページを捲る手は止まらず、久しぶりにイッキ読みしてしまいました。

 

あらすじ

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい―。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

二人の関係のはじまり

主人公の更紗は、大好きだった両親を幼い頃に失い、伯母さんの家に引き取られました。伯母さんは悪い人ではなかったのですが、その家の息子、孝弘という中学生の従兄弟に、更紗は性的ないたずらをされます。自分の居場所がないと感じていた更紗は、ある日公園で文という青年に声をかけられ、彼の家へ着いていきます。常日頃から公園にいて女児を眺めていたことで"ロリコン"と噂されていた文ですが、彼は、更紗の嫌がることは一切しませんでした。むしろ、自由で安全な暮らしを与え、彼の部屋は更紗が居心地よく過ごせる安息の場となっていました。しかし、そんな暮らしは長くは続きません。ある日、「動物園へ行きたい」という更紗の要望のもと外へ連れ出した文は、"幼女誘拐事件"の犯人として逮捕されてしまいます。

理解してもらえない苦しみ

文が逮捕された後、更紗は文のことを庇おうとするのですが、彼女の主張はなかなか聞き入れてもらません。大人たちは更紗のことを「犯人に洗脳されている」「自分がされたことが恥ずかしいから否定している」と思い込んでいるのです。

読んでいて、とても苦しい気持ちになりました。更紗は確かに過去に嫌なことをされた、でもそれは従兄弟からされたことであって、そんな更紗は文に助けられた、更紗と文が二人で過ごす時間は、自由で幸せで何よりも尊いものだった……でもそれは二人にしか分からないことなのです。私自身、実際にこの出来事が現実で起きたとしたら、二人のことを凶悪な"犯人"とかわいそな"被害者"として見てしまうな…と思いました。

"事実"と"真実"

事実と真実は違う―、これは何においても言えることだと思います。私たちは(少なくとも私は)、自分の見た/聞いた出来事だけで事実を捉え、勝手なイメージで解釈を作り上げてしまいます。ですが、それは真実とはかけ離れたものになっているのかもしれません。事実の裏には、どんな背景があったのか、どんな事情があったのか、一度立ち止まって考えていかなければならない、と強く思いました。

善意による息苦しさ

事件の被害者とされた更紗は、"かわいそうな子"として生きていくこととなります。彼女は、大人へと成長していく過程で、また大人になった後でも、"真実"を知らない人たちの善意に息苦しさを感じていきます。

怒りや蔑み、上からの哀れみ。そんなものなら、なんのためらいもなく投げ捨てられる。けれどその中に時折、優しい気持ちが混じる。この人を理解したいとか、自分になにかできることはないかと、そういう善意がわたしの足をつかみ、そっちにはいけないと強く引き留める。

人の善意は、時として重荷になることもあれば、苦しみの材料になることもあります。この物語の中では、更紗の彼氏が、彼女のことを"守ろう"として投げかける言葉が、実は彼女に傷を負わせている、といったシーンがいくつか表現されています。誰かのことを知らず知らずのうちに傷つけないために、自分が"正しい"と思うことを改めて見つめ直さなければならないと思いました。

最後に

どうあがいても誰にも理解されない二人の苦しみがひしひしと伝わってくる一方で、最後には、「誰か一人でも理解してくれればそれで良い」と思わせてくれるような心温かい展開もありました。これからも、どうか心穏やかに自由な生活を送ってほしいと心から願います。