【感想・あらすじ】穏やかなストーリーの中にある、人生において大事なこと(『かもめ食堂』/群ようこ)

2006年に映画化された群ようこさんの小説。フィンランドという慣れない土地で食堂を始めた主人公サチエが、個性豊かな仲間に出会い、穏やかな日々を紡いでいきます。緩やかなストーリーでありながらも、人生において大切なことがいっぱい詰められている物語でした。

 

 ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」。日本人女性のサチエが店主をつとめるその食堂の看板メニューは、彼女が心をこめて握る「おにぎり」。けれども、お客といえば、日本おたくの青年トンミただひとり。そんな「かもめ食堂」に、ミドリとマサコという訳あり気な日本人女性がやってきて…。

(「BOOKデータベース」より)

かもめ食堂の始まり

主人公のサチエは、幼い頃に母を亡くし、昔から母の代わりによく料理をしていました。高校進学後も、食の勉強をし続けた彼女は、様々なジャンル/国の料理を作るようになりますが、だんだんと、「華やかな盛り付けじゃなくてもいい。素朴でいいから、ちゃんとした食事を食べてもらえる店を作りたい」という夢を持つようになります。

大学卒業後、大手食品会社の弁当開発部で働いていたサチエは、自分のその夢を諦めることなく、コツコツとそのための資金を貯めていきます。「何がなんでも日本で店をやる必要なんてない」と思っていた彼女の頭の中に、ふと思い浮かんだ国はフィンランドでした。

38歳。コツコツをお金を貯め続け、また宝くじに当選するという幸運にも恵まれたサチエは、いよいよフィンランドヘルシンキの街角に日本食レストランをオープンすることができました。これが、かもめ食堂の始まりです。

日本が大好きな青年、トンミ君との出会い

フィンランドの地元の人たちは、新しいお店ができたことは知りつつも、童顔で小柄なサチエのことを小さな子どもだと思い込み、怪しがってなかなかお客さんとしては来てくれません。
そんなかもめ食堂に最初のお客さんとしてやって来たのは、トンミ君。日本が大好きな青年でした。片言の日本語でサチエに挨拶し、部分的な歌詞しか分からないながらも日本アニメのテーマソングを歌う彼はとても愉快です。
彼は翌日もその翌日もかもめ食堂を訪れるようになり、それを見た地元の住民たちもだんだんとお店に来てくれるようになりました。

ただ、学生のトンミ君はお金がないため、いつもお店には来るものの、あまり単価の高いものは頼みません。物語の中盤では、サチエの厚意で提供されたサービスのコーヒーを飲んでいるだけの彼にあまりいい顔をしない同僚の姿も描写されています。ただ、そんなことがありつつも、だんだんと憎めなくなってくるのがトンミ君の不思議な魅力です。

ミドリとマサコとの出会い

最初は一人でお店の切り盛りをしていたサチエですが、やがて二人の仲間が加わります。世界地図の上でたまたまフィンランドを指差してしまったミドリと、ニュースで見たフィンランドの"エアギター選手権"や"嫁背負い選手権"を見て、いい国なんだろうなと思って勢いで来てしまったマサコ

同じ日本人で、年代も近い彼女たちが、偶然同じ土地を選び、出会ったというのは素敵なご縁ですね。

個人的には、三人が紡ぐ言葉がとても心に染み入りました。

自然に囲まれている人が、みな幸せになるとは限らないんじゃないかな。
どこに住んでいても、どこにいてもその人次第なんですよ。その人がどうするかが問題なんです。しゃんとした人は、どんなところでもしゃんとしていて、だめな人はどこに行ってもだめなんですよ。

これは今の自分に言われているような気にもなりました。ちょっと何か嫌なことがあるとどうしても周りの環境のせいにしがちですが、そうじゃないんですよね。自分次第で、周りだって環境だって変えられる、それは自分が自分として生きていくうえで非常に大切なことだと思いました。

 不安っていったらみんな不安ですけど、まあ、先がそうなるかはわかりませんけど、自分さえちゃんとしていれば、何とかなりますよ。

こちらも心に残った言葉です。"ちゃんとする"とはとても曖昧な言葉ですが、曖昧だからこそ、自分もきっと"ちゃんと"している、あるいは"ちゃんと"できるんじゃないかなと、不思議な安心感に包まれます。

 

フィンランドかもめ食堂を始めたサチエが、個性豊かな優しい仲間たちに出会い、彼ら・彼女らとともに、穏やかながらも成長していく姿には、温かい気持ちにさせられました。

場所はフィンランドでありながらも、サチエが"おにぎり"にこだわる理由もまた素敵なもので、ほっこりさせられました(気になる方はぜひ読んでみてください)。

穏やかな小説が好きな方、前向きな気持ちになりたい方、毎日忙しく生きている方におすすめの一冊です。