【感想・あらすじ】"たくらみ"に満ちた連作恋愛短編集『累々』/松井玲奈

2021年1月に発売された、松井玲奈さんの小説第二作目。紹介文に"たくらみに満ちた自身初の連作短編集"とある通り、この短編集にはちょっとした仕掛けが施されています。全体を通しての感想を書いてしまうとネタバレになりそうなので、今回は1つ1つのお話について紹介していきます。 

 

2年付き合った彼氏からプロポーズを受けた23歳の小夜。自分の年齢が結婚に適しているのかどうかわからず、煮え切らない返事をしてしまうがー「小夜」。獣医の石川は、去勢手術をするたびに自分のものが切られる夢を見る。そんなある日、友達以上恋人未満の女性とラブホテルへ行くことになりー「パンちゃん」。恋愛シミュレーションゲームをプレイするがことごとくパパ活を繰り返す星野は、これまで出会ったどの女の子とも違う、女子大生と出会うー「ユイ」。他、「ちぃ」「小夜」を収録した、著者初の連作短編集 

小夜 

アルバイトで生計を立てている主人公の小夜は23歳。小夜は、ある日の夕食中、彼氏から「今年中に籍を入れたいと思う。」と味気ないプロポーズをされます。言い方は味気なかったものの、彼氏が自分との将来を真剣に考えてくれていることは十分に伝わってきます。ですが、小夜は素直に喜ぶことができません。この話では、そんな彼女の複雑な心境が繊細に描かれています。

23歳という自分の年齢が結婚に適しているのかどうかよくわからなかった。就職していたら社会人一年目。結婚をしたって仕事に就くことはできるわけだしそんなに悩むことでもないのかもしれない。けれど素直に喜べない自分がいる。

"マリッジブルー"という簡単な言葉では表せない小夜の迷いやモヤモヤした気持ちには深く共感できました。

パンちゃん

獣医である石川は、仕事で動物の去勢手術をするときに自分のモノが切られる夢を見るようになります。彼には、友達以上恋人未満にある女の子、"パンちゃん"という存在がいます。いわゆる"都合の良い関係"というものですが、石川はパンちゃんのことが好きで、彼女と関係を持つたびに虚しい気持ちになります。

「私たちは合理的な関係でしょ。したい時にお互いする。セフレじゃん。もちろん石川くんのことは好きだよ。でもそれは友達としてだからだよ。勘違いしないで欲しい。」

パンちゃんはなかなか辛辣な女の子です。よくセフレというと男性が女性のことを都合良く扱うイメージを抱きやすいものですが、この物語では女性であるパンちゃんが石川のことを都合の良い男の子として扱います。冒頭の手術シーンではなかなか感情移入しづらい人だな…と思っていた石川ですが、彼のパンちゃんに対する気持ちは歪ながらも真っすぐで切なくて、なんともやるせない気持ちにさせられました。

ユイ

星野は、いわゆる"パパ活"のパパ側の男です。彼は、恋愛シミュレーションゲームをプレイするがごとく若い女の子とのデートを繰り返しています。ゲームにように女の子のことを"攻略"していく彼ですが、一度攻略した、ゴールを達成した女の子とはもう連絡を取ることはありません。

パパ活における私のゴールは、お金はいらないと言われることだ。金銭だけで繋がっていた関係を、女の子側から変えようとする。その瞬間が最高のエンディングになるのだ。

財力もあり女性の扱いにも慣れている彼は今まで様々な女の子のことを攻略してきましたが、唯一なかなか攻略できないでいるのが"ユイ"という女の子です。彼女は他の女の子とは違う独特な雰囲気を持ち合わせており、一筋縄ではいきません。ブランド物をあげても喜ばないし、食事も庶民的なところのほうが良いと言い出します。星野は、彼女のことを攻略するべく試行錯誤していくのですが、その過程の中で彼女の数々の嘘に気づきます。

パパ活を男性視点で描いたストーリーは斬新ですね。女性に対して、"攻略"のために損得勘定でしか動いてなかった星野が、ユイに対して素直な感情を表現するようになる姿は素敵でした。

ちぃ

美大生に通う主人公、"ちぃ"が好きになったのは、彼女にそのあだ名を付けてくれたハジメ先輩。ちぃはハジメ先輩に告白しますが、「俺、特定の人と付き合わないようにしてるんだよね」と言われ振られてしまいます。ところが、元々その日ハジメ先輩の家へ遊びに行く予定だったちぃは、振られたすぐ後でありながらもハジメ先輩に着いて行き、彼の部屋へ連れて行かれて一夜を共に過ごします。その後も定期的に彼に呼び出されては遊びに行き、二人は曖昧な関係になっていきます。

高校生までの恋愛はお互い好きなら付き合う、それしか知らなかった。あの頃からしたら大学生はとっても大人で、それでも恋愛の形は変わらないと思っていた。漫画や小説では浮気をしたとかされたとか、二人の間にある障害で恋が実らないってことはあったけど、それは小説の中での話で、現実には起こらないと思っていた。気持ちが通じ合えば好きな人と付き合えてきたから。

ちぃがハジメ先輩を想う気持ちは痛いほど一途です。大人になればなるほど恋愛の形が変わっていくのはなぜでしょうか。一見よくありがちな男女の話ですが、ちぃの繊細な気持ちが丁寧に表現されていて、彼女の一つ一つの言動が身に染みました。

小夜

1話目の主人公である小夜の結婚式のお話です。誰もがうらやむ幸福な結婚式の裏には、ある秘密が隠されていました。ちょっとドキドキする展開ですが、現実でもこういったことはよく起きるんだろうなと思います。

まとめ

結婚セフレパパ活トラウマ…、それぞれをテーマにした5つのお話でした。女の子の色んな面がよく描かれていて、個人的には共感の一冊です。いわゆる"曖昧な関係"や"都合の良い関係"と呼ばれるような恋愛をしてきた女の子たちにおすすめです。