【感想・あらすじ】読後は奇妙な感覚に包まれる、「夫婦」の不可思議さを描いた物語『異類婚姻譚』/本谷有希子

第154回芥川賞受賞作、本谷有希子さんの『異類婚姻譚』を紹介します。他人同士が身内になる「夫婦」の不可思議さが描かれ、読後は何ともいえない奇妙な感覚に包まれる物語でした。

 

子供もなく職にも就かず、安楽な結婚生活を送る専業主婦の私は、ある日、自分の顔が夫の顔とそっくりになっていることに気付く。「俺は家では何も考えたくない男だ。」と宣言する夫は大量の揚げものづくりに熱中し、いつの間にか夫婦の輪郭が混じりあって…。「夫婦」という形式への 違和を軽妙洒脱に描いた表題作ほか、自由奔放な想像力で日常を異化する、三島賞&大江賞作家の2年半ぶり最新刊!

(「BOOKデータベース」より)

自分の顔が旦那の顔とそっくりに??

「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。」
そんなキャッチーな一文に惹かれ、思わず手に取ってしまった一冊です。
てっきり、「他人同士でも夫婦って一緒に暮らすうちに似てくるよね。似た者同士の夫婦って良いよね!」という話と思い読み始めたのですが、中身は全然違いました。ここに描かれているのは、自分と他人が一体化していくことへの恐ろしさでした。

主人公のサンちゃんは専業主婦。結婚当初、旦那から「1日3時間はテレビ(しかもバラエティ)を見る」「家では何も考えたくない」と宣言されます。
旦那はその宣言通り、とにかくだらしなく、会社から帰るとひたすらゲームをしたり、テレビを見たり、道を歩いていると平気で痰を吐いたり……。

痰を吐くシーンでは、その場にいたおばちゃんに注意されても旦那は謝らず、代わりに謝ったサンちゃんが、その痰をティッシュで拭ったところが印象的でしたね。サンちゃんは、旦那の痰に対して、自分がそれを吐いてたような感覚になっていたとのこと。旦那と自分が融合し、一体化していくことの恐ろしさ・不気味さを感じました。

 

キタヱさん夫婦と猫のサンショ

物語には、もう一組の夫婦が登場します。
サンちゃんのマンションのドッグランに愛猫の猫"サンショ"を連れてくる年配の女性、キタヱさん夫婦です。
あるときキタヱさんは、サンショの粗相がひどくなり、ついに捨てることを決意します。サンちゃんはサンショを捨てる場所として「山」を提案し、キタヱさん夫婦とともに一緒に山へ向かいます。

旦那の存在に不気味さを覚えながらも受け入れてしまうサンちゃんと、サンショの粗相にひどく悩まされつつもいざ捨てるとなったら自分ではそれができないキタヱさんには、近しいものを感じました。

 

そもそも、"異類婚姻譚"とは

民俗学用語。異類求婚譚ともいう。人間が動物や精霊などの異類と婚姻する昔話の一つ。異類が男性の場合と女性の場合がある。男性の場合は,名を隠して女のもとに通う婿の本体がへびだったというへび婿入り型が代表であり,その他,笑話的なさる婿説話も知られている。女性の場合は,危機を救われたつるが美女となりその妻になる「つる女房」や,「はまぐり女房」のように動物が恩返しをする形式のものが多い (→動物報恩譚 ) 。その他,「柳の精物語」「羽衣伝説」などもこの類型である。
(「コトバンク」より)

恥ずかしながら、"異類婚姻譚"とは何なのかを分からずにこの本を読み始めた私ですが、後から調べてみて「なるほどな」と思いました。

読後に味わう、奇妙な感覚

この本には、表題作の他に『<犬たち>』『トモ子のバウムクーヘン』『藁の夫』という3つの作品が収録されています。抽象的な物語が多く、奇妙な感覚を味わわせてくれます。決して不快感はないのですが、どことなく不気味で、後になってじわじわと良い意味での違和感が襲ってきます。不思議な感覚を味わい人、オカルトが好きな人におすすめの一冊です。