【感想・あらすじ】"勉強ができる"とはどういうことか?『ぼくは勉強ができない』/山田詠美

1996年に発行された、言わずと知れた山田詠美さんの名作。初めて読んだのは主人公の時田くんと同じ高校生の頃で、当時もそれなりに楽しんで読んでいた記憶がありますが、大人になってから読むとまた違った感情が湧いてくるから面白いものです。それでは、あらすじと感想をご紹介します。

 

ぼくは確かに成績が悪いよ。でも、勉強よりも素敵で大切なことがいっぱいあると思うんだ―。17歳の時田秀美くんは、サッカー好きの高校生。勉強はできないが、女性にはよくもてる。ショット・バーで働く年上の桃子さんと熱愛中だ。母親と祖父は秀美に理解があるけれど、学校はどこか居心地が悪いのだ。この窮屈さはいったい何なんだ!凛々しい秀美が活躍する元気溌刺な高校生小説。 

(「BOOKデータベース」より)

時田くんは勉強ができない

主人公の時田くんは17歳の高校生。クラス人気者で、女の子にもよくもてますが、勉強はできません。ある日、時田くんは、勉強一筋で生きてきた、成績トップの脇山という生徒から、「大学行かないとろくな人間になれないぜ」と言われ、彼に対して小さな嫌がらせを仕掛けます。嫌がらせは、時田くんの幼馴染の美少女:真理に協力してもらい、彼女に脇山を誑し込ませ、骨抜きにさせた後で、こっぴどく振らせる、という内容でした(ちょっと残酷ですよね……)。
でも、小さい頃から周りに「貧乏だから…」「片親だから…」「母親がああだから…」という偏見の目で見られてきた時田くんには、同じように「大学に行かない奴は…」という勝手なレッテル貼りをしてくる脇田のような人間が面白くなかったのです。

物語の中では、これらの言葉を時田くんは「うるいさい蠅のような言葉たち」と表現しています。

ぼくは、蠅を飼うような人生を送りたくない。だって、ぼくは、決してつまらない人間ではない。女にもてない男でもない。

自分のことを、「つまらない人間ではない」と自信を持って言える彼の人生は、とても素晴らしいものだと思います。

真理が脇山のことを振る際に放った「私、勉強しか取り柄の無い男の人って、やっぱ苦手みたい。つまんないんだもん」という言葉は強烈ですが、なかなか核心を突いてるな……と思いました。脇山にとってはトラウマにもなりかねませんが、思わず拍手を送りたくなるような言葉でした。

"勉強ができる"ということ

時田くんはこんな考えを持っています。

どんなに成績が良くて、りっぱなことを言えるような人物でも、その人が変な顔で女にもてなかったらずい分と虚しいような気がする。
女にもてないという事実の前には、どんなごたいそうな台詞も色あせるように思うのだ。

いくら勉強ができても、本人が"いい顔"ではなかったらその人の言っていることは信用できない、とのこと。そして、"いい顔"をしている人の言うことはたいてい面白いのだ、と。私は、ここでいう"いい顔"とは、可愛いか可愛くないか、カッコいいかカッコよくないか、そんな単純な話ではないと思いました。
自分の確固たる考えを持ち、他者に「つまんないんだもん」と一蹴されても自尊心がすり減ることなく、常に自分に自信を持てる人は、"いい顔"をした大人になれるのではないでしょうか。

勉強ができることはいいことですが、それは必ずしても生きていくうえで一番大事なことではありません。時田くんはそれをすでに心得ていて、たとえ勉強ができなくても、自分が"いい顔"をした大人になるための道を歩み始めているのだと感じました。


時田くんの変化

本作品は「ぼくは勉強ができない」という表題から始まる9つの短編集ですが、最後のタイトルは「ぼくは勉強ができる」となっており、時田くんの変化を表しています。

この話の中で時田くんは、今まで不真面目だと思っていた母から、「勉強」に対して、こんなことを言われます。

好きだったわ、勉強。秀美も好きになれば?知らないことを知るのって楽しいことよ。

シンプルな言葉ですが、非常に響くものがありました。勉強とは、必ずしも、テストで良い点数を取ることや、良い大学に行くことが目的ではありません。知らないことを知る、シンプルなことですが、それは勉強の本質なのではないかと思います。

また、幼馴染みの真理からは、「時田くんから色々なことを教えてもらっている、時田くんから勉強するのが好き」だと言われます。時田くんを通した当たり前のことは、みーんな当たり前ではない、とのこと。彼女は、他の人とは少し違う考えを持った時田くんと話し、その考えを知ることで、"勉強"をしていたようですね。これは時田くんにとっても大きな発見でした。

ずっと「ぼくは勉強ができない」と思っていた時田くんの、"勉強"に対する価値観が変わり、「ぼくは勉強ができる」という思いのもと、未来への道を歩き出す一つのきっかけになったのではないかなと思います。

読み終わると、不思議と清々しい気持ちに包まれます。主人公の時田くんは高校生ですが、中高生の方だけではなく、大人の方にもおすすめの一冊です。